きゅうけいじかんをとってみよう

 サヤは、校舎の屋上の片隅にしゃがんで、デニムの上着で身をくるみ込むようにして、煙草を吸っていた。秋も深まってきて、日ざしが強くても日陰の空気はひんやりしている。遠くに白い煙がほっそり昇っているのが見える。煙突も煙草吸ってるんだな、とサヤは思う。でも、さっき参考書で見た浮世絵の中の女性みたいに、やんわりと着物をひっかけて、おいしそうに、ゆっくりとキセルを吸っているわけじゃない。身体を締め付けてくる服を自分で更にきつく締め付けながら、せわしなく、ぱっぱと吸う。ソノダヤスオ先生が病気で学校を休み始めてから、もう二週間がたった。代わりに来た教師はサヤが授業中ノートに教科書の中の浮世絵を描き写しているのをすぐに見つけて、美術の時間と間違えるな、とどなった。頭にきたんで、今週はさぼって、屋上で時間を潰すことにした。美術の時間と間違えるな、とは何よ。すべては美術の時間なのよ。美術ではい時間なんか、あたしにとっては時間じゃない。心の中でそう断言してから、サヤは碧い空に向かった煙草の煙をおもちゃの蒸気機関車のようにぱっぱと吐き出した。

多和田葉子「球形時間」

posted by: danuta